東京家庭裁判所で、離婚調停に出席するため訪れた女性が調停相手の夫に首付近を刃物で刺され、死亡する事件がありました。
 東京家庭裁判所は、裁判所の合同庁舎の入口に入った所で、所持品検査をしています。
裁判所の所持品検査は、元々、オウム裁判が始まった頃に東京地方裁判所で始まり、現在、所持品検査をする裁判所は、徐々に増えています。大阪家裁、京都庁舎も今年4月から所持品検査を始めます。
 所持品検査が必要かについては、いろいろ議論があるところです。確かに、裁判所というのは、いわば、敵対関係にある人を間近に接する機会があるところです。警察や拘置所に入って、手の出せない被告や普段身を隠して居所のつかめない憎き相手が眼の前に現れます。裁判所内で刃傷沙汰もめったにありませんが、現実にあります。
 しかし、膨大な予算を使って行う手荷物検査でどこまでの効果が得られるかという点について疑問があるところです。必要性の点では、全国津々浦々の裁判所に手荷物検査をする必要性があることになりますが、現実的ではないこと明らかです。
 また、手荷物検査が始まると、予算やスペースの関係上裁判所の入口が限定されるようになります。京都弁護士会は、手荷物検査検をすることで、入口が特定され、DV被害者が危険に晒されることを危惧する意見を発しています。
 今回の事件は、まさに、京都弁護士会の危惧していたことが起こってしまった感があります。家裁での調停では、当事者の直接の接触を避けるため、来る時間、帰る時間に時間差を設ける運用がなされています。今回の事件の様に、裁判所外で待ち伏せされるようでは、所持品検査など役に立ちません。 合理性を判断するには、目的と手段の正当性を考慮する必要があります。
 私は、裁判所内での刃傷沙汰防止という目的は、正当にしても、手荷物検査は、合理性のある手段には思えません。裁判所は本来危険な場所ではないのです。膨大な予算を注ぎ込むことには疑問です。むしろ、裁判所利用者が、遠慮なく、裁判所の意思疎通を図り、具体的事案に即した対策を取れるような環境にすることが肝要と思います。